参加メンバーは
世良公則氏、
加藤亮太郎氏、
山田大(ひろし)氏、
末崎大輔氏。
プロデューサーSOGAさんがセレクトしたお茶を世良さんが淹れ、世良さんが制作した茶碗で世良さんが選んだ和菓子とともにいただく。そんな"カジュアルなお茶会"さながらの体で座談会は始まりました。
世良公則さん(以下「世良」):初めてじゃないかな、こうして自分が焼いたものを(そろいで)出せたのは。
加藤亮太郎さん(以下「加藤」):これは「おもてなし」としてはすばらしいことですよね。
世良:みなさんに初めて出させていただいたので、今日からがスタートなんですよ。
(一同口々に):そうなんですか。うれしいですねー。
世良:自分で削って仕上げて......、やっと一歩だよね(笑)。
後日談座談会のひとこま
SOGAさん(以下「SOGA」):先日ダグ(・アルドリッチ)(
注2)もここを訪れてくれたんですよ。
世良:そうそう。僕の作品が届いたばかりでこの辺一面にダァーっと広げていたんだけど、それを熱心に写真に収めていきましたよ。「日本のセラミック・アートだ。これ全部おまえが作ったのか?」って。「そうだよ」って言ったら写真を撮って奥さんにメールを送っていたよ。デヴィッド(・カヴァーデイル)さん(
注3)にも見せるんだって言ってた(笑)。
SOGA:世良のことを「セラミック・アーティスト(CERAMIC ARTIST)だ」って。
世良:世良(せら)だけに「セラ」ミックって、日本だと「おーっ(笑)」だけど、向こうの人は「キョトーン(??)」だろうね。
(一同爆笑)
世良:えー、今回はお茶会の話ということで、お茶から始めさせていただきました。
加藤:後日談ですね。写真があがってきたんですよ。お客さんが入る前の写真なので、設え(しつらえ)とか確認していただければ。
(一同写真を眺めながらしばし歓談)
世良:床の間に置いてあった破れているの、僕はてっきり(辻村)唯くんの作品かと思ったんだけど古谷(和也)くんのだったね(
注4)。
加藤:唯くんのところの自然釉は破れないらしんですよ。僕、破れてるの探しに行ったんですけど、「破れずに歪(ゆが)むんだよね」って。土が粘るんですよ。
世良:なるほどね、くたりはするけどはじけたりしないんだ。
加藤:そうなんですよ。で、そのあとに和也くんのところに行ったらこのカッコいいのが転がっていたんですよ。
世良:スゴイよね。破れていてそれが絵になるって感覚は、やはり日本人独特なのかね?
加藤:そうですね。「窶れ(やつれ)」っていいますけど、10月初旬でしたけどこの季節に夏の名残というか、夏が終わって秋に差し掛かって、これから朽ちていく「窶れ」っていう季節なので、特に欠けたものとか歪んだものが喜ばれるんですね。葉の紅葉していくさまとか、やっぱり名残を惜しむという心持ちなので。
世良:破れているものに上手に(花を)活けてあったよね。これ実物で見ると本当に躍動感があってよかったよね。
加藤:こういうものには敵(なか)わないですよね。自然に割れたものの迫力には。
世良:そうだね。壊してもまた違うんだろうしね。炎や土の自然な力で壊れてしまった。ようするに勢いが余ったんだよね。まあ、(お茶会は)今回初めての経験だったけれども。
加藤:どうでした?
世良:「温故創新(おんこそうしん)」というタイトルでしたが、伝統工芸やお茶でのもてなしも古いことをそのまま模倣して表現するのではなく、技法とかノウハウは伝統的な形や精神に従いつつも新しいことをやっている。古いものをそのまま保存するためだけなら、人はさほど魅力を感じないんだと思うんだよね。
人が初めて器を作ってから脈々と引き継がれているんだろうけど、そのなかで学んだ技法や経験を使ってその時代でいちばん新しいことに携わっているアーティストたちがそこにいた。特に日本のなかで伝統工芸だとか、所作だとか、お茶の世界観などでその時代の精神を反映することとか、美しさを表現することとか。そのいちばん先端を走っているんだなと。決して古いことではなく、『今』をもてなしているんだと。それが次につながっていく。決して慣習として繰り返しているのではなくね。「温故創新」というタイトルがまさに表していることなんだと思ったんですね。
『茶会「温故(おんこ)創新(そうしん)」世良公則feat.暁坏』のひとこま
加藤:今おっしゃられたことって「もてなしの心」だと思うんですよね。お客様に楽しんでいただきたいとか、新しいものを見せたいとかそういうのって、やっぱりもてなしの心なんですよね。考えに考え抜いて準備するわけで、その気持ちがものに現れてくるんですね。僕らが展覧会をやるのもそれに近いですが、お茶会では実際にいらっしゃったお客様を面と向かってもてなしたい、という気持ちがあるのでそれは強いと思うんですが、お茶会というのはそういうものだと思います。もてなしをふだんからやっていらっしゃる末崎さんはいかがですか?
末崎大輔さん(以下「末崎」):ふつうは最初の5人だけ亭主が淹れてそれ以外は陰出しをするものなんですが、全員にお淹れしようというのは「温故創新」という新しいスタイルならでは。それをまた作家さん自身が自分の器で自分でお淹れして出す、っていうあのスタイルはほかでは絶対にない、ホントに初めてのスタイルですね。ま、設えもそうですし道具を揃えたりとか、ましてや結界が(ギターの)ネックだなんて、こんなお茶会見たことないですよ。
世良:さっき言ったいちばん新しいことをやっているってのは何かというと、今しか思いつかないことを今様に表現することで、結果的にはお客様がそれを喜んでくださったかどうかに尽きるんだけどね。伝統という言葉は過去に向かって使われているんだけど、歌舞伎にしてもなんにしても伝統を身にまとう人たちってのは、逆に常に最先端だよね。
加藤:そうですね。いわゆる「伝統」と「伝承」との違いってよく言われることなんですが、「伝承」というのは古いものとをただ伝えていくことなんですが、「伝統」というのはそこに上乗せしていかないと世代をまたがないと。
世良:そうだね。博物館に展示されているものはたしかにひらめきを与えてくれたりするけれども、でも、ひらめくこともそれを形にすることも最先端の今の人たちなので。
末崎:今回、準備はかなり大変でしたね。亮太郎さんは銀座まで来て道具の打ち合わせをして......。
加藤:ええ。今回僕は(全員じゃないけど)"暁坏(あかつき)"のメンバーのところ回りましたからね。
山田大さん(以下「大」):越前(大さんの地元)は端折った(笑)?
加藤:うん、端折った(笑)。
最初、破れ壺を抹茶席の方にほしいと思ってたんですよね。そのテーマが「月見」だったんです。これは「月を見る」でもあるんだけど、"坏(つき)=焼き物の器"ってダブルミーニングで、器を見る=「坏見(つきみ)」にしたかったんです。それで月に見立てられるものを探していたんですね。できれば丸くて破れている破れ壺を。最初、唯くんのところに行ったら「ない」って言われて、次に信楽の和也くんのところへ行って見つけたんです。で、次に岸野(寛)くんのところへ行って陶板を見つけて......。
大:陶板って、それを想定して作ってたんですか?
加藤:いや、もともと作ってたよ、彼。ちょうどいい大きさのものがあったので、それを釜敷きにして。そのあとに備前の伊勢崎(晃一朗)くんのところへ行って。これだけメンバーがいるのに茶入れを作ってる人がいなんですが、伊勢崎くんが作ってて「助かった」と。それだけ回りましたね。大くんはだいたいわかるし。(山田)想くん、見附(正康)くんは煎茶の方だし。ま、でもそれも道具狩りみたいな感じでおもしろかったですけどね(笑)。勉強になりました。
大:みんな「銘々皿は勘弁してくれ」みたいなね(笑)。
加藤:そうそう。「銘々皿がない、銘々皿がない」って、大騒ぎしましたけどね(笑)。結局みんな作ったよね。
末崎:テーブル(注5)が決まったのも2、3日前でしたね。
加藤:テーブルは末崎さんに3回ダメだし食らったんだよね。
(一同笑)
末崎:写メでやりとりしたんですよね。
加藤:そう。「これでいいですか?」って送って「ダメです」って言われて......。で、これはうちのテーブルなんですけど。
世良:幸兵衛窯(加藤さんの窯)って隠し部屋じゃないけど、いろんなものが隠れているんだよね(笑)。
末崎:高すぎても淹れにくいし、狭すぎても広すぎても淹れにくいんですが、これは。ホント、よくこんなちょうどいいのがありましたね。
加藤:あったね。これでダメだしされたらどうしようかと(笑)。いろいろあったね。
世良:収まるところに収まっていくってのが、不思議とちゃんとあるんだよね。おもしろいことに。
(ここで二服目のお茶がきました。世良さんが淹れてくださいました)
加藤:僕の抹茶席では、ふつう数茶碗(かずちゃわん)っていうのは同じものが並んでガーッと出てくるんだけど、僕もいちおう説明したんですが、あれだけ一つずつ違う作家のものが出てきて、それがすごくよかったとお客様が言ってくださってたと聞きました。
大:あれは数茶碗って言えないですよね、もうね。
加藤:うん、数じゃないよね。
世良:とりどり茶碗だよね。色とりどりというか、作家とりどりになっていて、あんなぜいたくなことは、まずないよね。
大:たぶん、もう一回入ってきたかった人がいると思いますよ。
世良:うん。何回か回ってひとつじゃなくいろいろな茶碗で飲んでみたいって人は多かったんじゃないかなぁ。あれだけの器を堪能しようと思ったら、半日いても足りないもんね。
大:展覧会とは違った、体験という部分で非常によかったと思います。
『茶会「温故(おんこ)創新(そうしん)」世良公則feat.暁坏』のひとこま
世良:うん。ホントにちゃんと作品が道具になっていて、そこにお茶があって。そこに生活のリズムが生まれて、もてなす側ともてなされる側と、会場とスタッフの方がそのとき同じような息遣いで動いている。みんなが関係して動いているのは花鳥風月といっしょで、季節の移り変わり、朝から晩へ、晩から朝へ、風がどっちから吹いても、風向きが変わっても、そういうすべてがあのお茶席にはあった気がするね。
みんなお茶碗をひっくり返して見たりとか、初めての人もいれば経験のある方もいて、同じように亮太郎くんの説明を受けてお煎茶の席でも作家自身が「これは僕のです。それは誰それさんの作品で」とか。そういう説明を受けながらお煎茶をいただくことなんかまずないから。
お茶を愉しむってことは、器から空間から時間から会話から所作から。いろんなお茶会があるだろうけど、今回の試みは「五感を使えた」ってことでとてもおもしろかったんじゃないかなと思いますね。亮太郎くんたちの耳に、お茶会をいろいろ経験された方たちの意見も届くだろうし、そういう方々が「よかったよ」と言ってくださることが何よりだしね。
加藤:煎茶席の方は5人の作家がお運びをし(注6)、器の説明もしているという、それはすごくぜいたくなことで。作家の顔を知っている人には「すっごくよかった」と。そのあとに僕たちの抹茶席に来て、その作家の器でお茶を飲めたことが感激した、という声もいただいたんです。
ただひとつ、作家の顔を知らない人には作家それぞれ名乗ったんですが、後ろの方の方には聴こえていなくてわからなかったみたいで、それがすごく惜しかったですね。「名札付けたらどうだったの?」ってご意見もあったんですけど。作家自身がわざわざ淹れて持ってきてくれてるなんてのはものすごいぜいたくなことで。
世良:誰れかが常駐して、作家のご紹介をしてもよかったかもね。ま、そういう余白を残しながら。
一同:そうですね。
大:あのとき、お点前も含めてあの場で決めたことがほとんどでしたからね。
加藤:現場合わせだったもんね。
世良:そのわりに僕がスゴイなと思うのは、一般のみなさんが想像している作家のイメージ、孤高、自分と向き合う人みたいなものがあると思うんですが、それが裏方をやっている作家たちが時間がたつにつれ、どんどんチームワークがよくなっていくんですよね。
加藤:たしかに、チームワークすっごくよかったですよね(笑)。
世良:そこはたぶん、たまたま他人の「個」を尊重できる作家の人たちだったからよかったんだよね。最後の方は僕なんかが口を挟めないくらい、オートマティックに動いていたね。
(一同笑)
加藤:アイコンタクト、できてましたね。
世良:それは「個」に力があるからできるんだね。状況が読めるんだよね。そういうことが起きるかどうかは、とにかくやってみなけりゃわからない。あれは不思議な空間だったなぁ。集まってこその"暁坏"だし。
加藤:みんないい人たちなんですよ。
世良:みんなその道のプロではないんだけど、そこに参集して何かをしなくちゃいけないってときにはプロなんだよね。玄人だし、いい大人だし。でも、見てると子どもっぽいところもあったりしてね(笑)。
大:お菓子のおかわりしたり。
(一同笑)
『茶会「温故(おんこ)創新(そうしん)」世良公則feat.暁坏』のひとこま
世良:そういう部分ってのは勉強になったよ。僕は50なかばにして2、30年時間を巻き戻したようにね。ここで何かひとつ勉強できるとか、次の10年20年向かっていくために、「ただ、今ここにある」っていうのかな。みんなが今ここにあることに集中できているっていうかな、そういう意味ではすごくよかったし、みんなを見ているだけで楽しかったしね。
大:煎茶席の場合、みなさんにおいしくお茶を愉しんでいただこうと、末崎さんを主役にしていこうと、みんなそっちを向いていたんですね。ちょっと自己紹介って面では怠ってしまったんですけど。
世良:そこで影になろうとしたがゆえにね(笑)。
大:舞台を作っているのといっしょなのかなと。舞台の経験はありませんが。おもしろいですね。
世良:そうなの! ふだん舞台で見栄を切っているはずの人たちが、ちゃんと衣装を着て黒子になっていたというね。そうなれるっていう強さを持ち合わせている人といない人がいるんですよ。常に真ん中で見栄を切っていなきゃいけない人っているんですよ。黒子になれる力ってのは意外に大変なんですよね。お抹茶席でも裏ではけっこう大変なことになっているんだけど、お茶碗を持ってい瞬間に、もう世界が違うんですよ。一方ではだんだんと仕切りにうるさいやつ、お菓子にうるさいやつ、温度にうるさいやつってふうになっていって......。
(一同笑)
世良:朝の10時から夜遅くまで、うちのファンクラブの催しまで含めたら10時間近い長丁場、集中力を切らさずによくやったなと。途中で腕が上がらなくなりそうになった人もいたけど(笑)。
加藤:12席で240人ですからね。
大:役者だったんですね、みんな。
世良:役者もできるしスタッフワークもできるし......。
大:絶対表に出るのはイヤだって言ってた人もいましたけどね(笑)。
世良:うん。やるとなったらみんな入れ替わり立ち替わりね。僕はいい勉強になりましたね。表現者として、根本にある心構えとかそういうものってのが、言葉にできないんだけど、「あ、まちがっていない、この人たち」って。そういう人たちの輪になかに自分がいられることで、「きっと自分もまちがっていない」ってそういう気持ちにさせてもらえるよね。
大:お茶会ってもののとらえ方が、みんないっしょだったんじゃないかなと思うんです。新しいことをやろうとするときに、パフォーマンスとしてカッコいいことをって言いながら、これをやったら驚くんじゃないか、これをやったら目を引くんじゃないかって話が必ず出てくるんですね。それを強くやらなかった。それはスゴイなと。
世良:僕はね、すっごくオーソドックスだったからこそお客様に伝わったんじゃないかなって思うんだよね。若い陶芸家たちが集まって、ちょっと斬新なお茶会やろうぜ、って言ってもあの空気にはならない。企画としてはやれるかもしれないけど、あんな空気は出ない。なぞってやってみようとしても多分ムリなんだろうなと思うよね。やりながら、やってる途中に「あ、いいかも」って瞬間が何度もあったり、うん。おもしろかったね。最後に、煎茶席でいうとお茶のかすがおいしそうな塊になって、「もったいない。これ全部使って出したらあと100人くらい飲めるんじゃないの」って。
(一同笑)
加藤:お抹茶席のスタッフもみんな楽しかったって言うんですよ。同じことを12回やったわけですけど、「こんな楽しいお茶会、やったことないわ」って言うくらいで、ホントにお礼もできないし手弁当で参加してくれたのに「また次も呼んでね」って言ってくれて。それがお客様に伝わったんだと思うんですよ、誰からもなんのクレームもなかったし。「よかった」「楽しかった」と。
世良:僕なんかも、たぶんそういうものに慣れた方々にもお越しいただいているので「こいつお茶のことなんてなんにもわかってないな」って思われないようにしなきゃとか思うんだけど。"暁坏"のメンバーがいることで、そこはどう思われようと自分たちの形でもてないしているわけだから「ま、いっか」と素直になれた。素直にできたから伝わったんだと思うんだよね。そこで識者のように振舞おうとか、お茶をわかっている人のような顔して......なんて思うと歪(ひず)みが出てくる。今そこにある、あるようにあるってことを見せられることが楽しさにつながったんだよね。今自分にできることができたし、12回よどみなくできたからね。12回でひとつという大きな円を描けたかなと。
大:12回って聞いたの当日でしたからね(笑)。
(一同笑)
大:えっ!? って。
加藤:飯食えなかったからねー。
末崎:世良さんっていうぶれない軸があったから崩せた部分も大きかったですね。実は臆病になっていた部分もあったんですよ。スゴい場所だし、スゴい方たちが来るってのもわかっていたから、どこまで崩したらいいのだろうと。でも、世良さんがいつもおっしゃっている「自分たちにできること」ってのがあったから、自分たちの持ってるパフォーマンスを最大化できるやり方をみんなで考えたから、道具を使わないとか、お客様の前で注いでお出しするとか、そういう型破りなことができたんですよね。軸があればなんでもできる。
世良:僕はこういっちゃなんですが茶道とかそんな詳しくないし、有りようを見せることをいとわないというか、自分のあるものをそこに置いて見せることで始まる。置くものの形を考える前に、まず、そこに置くものが自分のなかにあるとしたら、今あるようにいられることができるか、なんじゃないかと思うんだよね。まるでそういう世界の認識のない僕が、あそこに座って何かお話をしたりするっていうのを、来てくださった方々が楽しんでくださったから、それでよかったのかなとも思うし。
ふつう一般的にお茶の世界っていうと堅くて、作法があって、肩が凝って足がしびれてっていう、しかも決まりごとのたくさんある世界だと思っている人の方が多いと思うのね。それを壊していくことも省略することも、今回は許容してやったんだけど。それを「許さん!」って人もいるとは思うんだけど、それを決めるのはもてなす我々だと、最初にそれは決めていたからね。
加藤:僕ら若造ですし、若いし失敗してもいいし。しかもお茶人じゃないし。末崎さんは本職だけど。陶芸家たちがやるお茶会ということで最初から許されている部分もあるし。
世良:でも、そこがあるから趣がある、おもしろいと受容するだけの許容量がある世界だよね。伝統とか格式とか、お茶の世界観のなかに、破れた壺に花を活けてもいいよとか、お椀だってシンメトリーじゃないし、焼きだって焦げてるのも味だといってしまえば味だし。あとは好き嫌いだけじゃない。そこにどんなもの見出すか、どこにエネルギーを、美しさを感じるかっていうことって謎かけみたいな部分もあるしね。若い陶芸家たちがいて、会そのものが彼らの集合体であり、そこにスペシャリストの末崎くんが加わることによって違う釉薬がかかっている、みたいなね。アクセントになっていく。そこで生まれるアドリブやルールを超えたことをおもしろがることを受容できる世界なんだなぁと。伝統のなかにある最先端なことって、絶えず形が欠けていたりいびつだったり。それを補うエネルギーがあったり。
加藤:それを「美」と捉えるってことですよね。
世良:そうそう。
加藤:たとえば中国の人とかヨーロッパの人たちってわりと完全なものに美を見出すといいますけど、そういう人たちがそれを見たら、「なんだ? この汚れは!」って言うかもしれないですよね。
大:「丸くない」って言いますよ。
(一同笑)
加藤:ゆがんでるとかね(笑)。いわゆる不良品と見なされるかもしれないですよね。日本人はそれを「美しい」と。そういう美意識ですよね。この"暁坏"メンバーっていうのはそれを持っている作家ばかりですよね。
世良:末崎くんのところ(うおがし銘茶、茶・銀座)だって「お茶プレッソ」を出すお店だからね。
加藤:なんですか、それ?
末崎:エスプレッソ・マシンで出すお茶です。
後日談座談会のひとこま
左から世良さん、加藤さん、末崎さん、大さん
世良:そういうところが破れてる壺に花を活ける精神と同じなんだよね。一言でいうと「ロック」なんだよね。僕がロックって言うとすごく安っぽくなるからなるべく言わないでここまで来たんだけど......。
(一同爆笑)
加藤:まあ便利ですからね「ロックなんだよ」って(笑)。
世良:うん。たぶんそれが答えなんだよね。その言葉以外を探していたんだけどね(笑)。
加藤:失礼しました。
世良:いやいや、みんなロックなんですよ(笑)。
大:お茶会のときは、そういう意味で曼荼羅のジャケットとギター(注7)が置いてあったので言葉は不要でしたね。
世良:そうそう。これがあるので世良好みですよ、とは言うけどロックと日本の伝統文化が融合しているんだとか、ロックと陶芸家のソウルは同じなんだとか、よくアーティストって呼ばれているミュージシャンが使いそうな言葉を一言も使わずに一日過ごせてるって、それは僕にとってもスゴイことなんだよね(笑)。
大:これが最初にあったおかげでお客様の空気が変わりましたしね。よかったですよ。入った瞬間に「わっ!」って言ってましたもんね(笑)。
世良:お茶をいただいた後に「あ、やっぱり曼荼羅なんだぁ」ってこれを見に来ていましたしね。「ホントに手書きだわ」って言ってるのが聞こえてきたりね。
加藤:そういえば、末崎さんも今回は楽しかったって言ってくれましたね。
末崎:だいたいお茶会開くと「ああ、気ぃ遣ったあ」で終わるんですけどね。ホントに今回は「楽しかったぁ」が先だったので......。
大:いや、きつかったですよー。
(一同笑)
末崎:前日に打ち合わせをしてホテルに持って帰って、そこから僕が変更して当日にみんなに言ったんですが、それをみんなが対応してくれたってことがスゴかったですよ、ホントに。いきなり三段階くらい変わったので。
大:いきなり変わったので緊張している間もなかったんですよ(笑)。本来いきなりやっちゃいけないことですけどね。
(一同笑)
---この後、山田想くんのものまねとか、アレルギーに効くリンゴの話とかで盛り上がった後日談でした。次開催されることがあったら、ぜひ参加してみたいですね。
注1:『茶会「温故創新」世良公則feat.暁坏』は、2011年10月8日(土)に名古屋の古川美術館分館為三郎記念館で催され、12席240名のお客様がご来館された。世良公則氏が煎茶席の席主を担当、加藤亮太郎氏が抹茶席の席主を担当し、暁坏作家の作品を使用。代表作や挿花作品も展示された。
このほか作家では岸野寛氏、見附正康氏、清水志郎氏、山田想氏、山田大氏が参加。煎茶の点前は茶・銀座の末崎大輔氏、抹茶の点前は画廊光芳堂の杉山道彦氏がそれぞれ担当した。
注2:ダグ・アルドリッチ氏。ホワイトスネイクのギタリスト。
注3:デヴィッド・カヴァーデイル氏。ホワイトスネイクのヴォーカリスト。
注4:信楽破れ壷。古谷和也氏作。抹茶席の床の間に飾られた。
注5:西洋アンティークの机。点茶盤として煎茶席で使用された。
注6:煎茶席は岸野寛氏、見附正康氏、清水志郎氏、山田想氏、山田大氏がお運びと水屋を務めた。
注7:世良公則氏のコンサート衣装である手描きの曼荼羅が描かれたジャケットと、愛用のゼマイティスのギター(ダグ・アルドリッチ氏から贈られたもの)が煎茶席の床の間に飾られた。
付記(会記)
寄付
床=書:なには又
花入=備前:伊勢崎晃一朗作
花=季のもの:餅田一浩挿
水指=自然釉:辻村唯作
風炉=唐銅道安型:大西清右衛門作
釜=姥口丸
茶入=銅帰:清水志郎作
茶碗=志野窯変:岸野寛作
茶杓=銘:大名関雪、橋本関雪作
蓋置=織部:池田省吾作
建水=鉄鉢:長谷川一望斎作
煎茶席「暁」
床=世良公則衣装、曼荼羅画:渡辺てる子作
エレキギターゼマイティス龍彫金
花入=織部:世良公則作
花=季のもの:餅田一浩挿
茶壷=赤絵細描唐草文:見附正康作
急須=常滑:山田想作、朱泥:山田想作
湯冷=朱泥:山田想作
結界=世良公則:ギターネック
茶器=赤絵細描小花文:見附正康作
白釉=岸野寛作
青白磁=山田大作
朱泥=山田想作
納=南蛮:池田省吾作
茶=本玉露:うおがし銘茶詰
菓子=暁:両口屋是清製
菓子皿=自然釉:辻村唯作
焼〆窓文:岸野寛作
緑釉:清水志郎作
伊賀:山田大作
南蛮:山田大作
さび黒:加藤亮太郎作
抹茶席「坏見」
床=軸、焼月土:加藤亮太郎書
花入=信楽やぶれ壷:古谷和也作
花=季のもの:横田泰朗挿
飾=赤絵細描菊文香炉:見附正康作
赤絵細描小花文網手香合:見附正康作
水指=弥七田織部:加藤亮太郎作
風炉釜=鉄琉球風炉切合:大西浄元作
風炉先=松花堂好:市松
敷板=伊賀丸板:岸野寛作
茶入=黒彫:伊勢崎晃一朗作
茶碗=井戸:辻村唯作
替=志野:山田大作
茶杓=銘、隋縁:海田曲巷作
蓋置=銅帰:清水志郎作
建水=南蛮:山田大作
茶=ことのは:うおがし銘茶詰
菓子=坏見:両口屋是清製
菓子器=自然釉蓮弁:辻村唯作
莨盆=覚々斎好、合利蓋:中村宗哲作
火入=志野:山田大作
煙管=織部:加藤亮太郎作
世良公則feat.新世代陶芸家展「AKATSUKI-暁坏-」
2012(平成24)年2月15日(水)~28日(火)最終日は午後5時終了
JR大阪三越伊勢丹6階=美術画廊
世良公則feat.マーティー・フリードマン アコーステックライブ
■公演日:2012年1月14日(土)
■OPEN/START:16:30/17:00
■会場:なんばHatch
■公演日:2012年2月24日(金)
1st:開場17:30 開演18:30/2nd:開場20:30 開演21:30
■会場:STB139スイートベイジル 東京都港区六本木6-7-11
音屋吉右衛門(世良公則×野村義男)「さあ!どこからでもかかって来なさい!」2012
日時/2012年1月21日(土)
1st:開場15:00、開演16:00、終演17:10
2nd:開場18:30、開演19:30、終演20:40
料 金/6,500円(税別、フード・ドリンク別)
