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山田:器の大きさですごく存在感は感じるんですが、「そのまま」というか。主張はきつくないですよね。
世良:そう。さっきも話していたんだけど、大きな鉢に枝ぶりのいい木がドンっと活けてあって、こういったビルのなかの一室に飾られていてもちゃんと根を張っている感じが伝わって......。それでいて主張しすぎていない。そこに枝を活けるという作家の意図があるんだろうけど、空調で揺れている枝や葉っぱがそのままきちんと存在しているさまから、自然と格闘している作家だということがすごくよく伝わってくるよね。 山田:仕事場に遊びに行くとすごく納得できることがあって、ああいう山のなかで自然に囲まれて仕事をしているとこういう目線になるんだなと感じましたね。 世良:ね。ぼくはその現場には行っていないんだけど、その枝だったり、緑が一輪活けてあったりするのを見てると存在している場所にそれぞれちゃんと根をおろしていてまさにそこに土が盛ってあるかのような空気感を感じるんだよね。ダイナミックな大きなものであれ、ちっちゃなぐい呑みであれ、そのものを感じるっていうか。そこに土があって風が吹いていて、活けてあるもの以外にも緑があってっていう自然そのものを感じられるのは、ふだん本人の作陶してる環境ってのも大きいのかな。本人はそんな意識してないよね? 辻村唯さん(以下「辻村」):(笑)わからない。生まれてからずっとそのままそこに住んでいるので。うーん。 山田:それが(作品に)出るっていうのは、それがいちばん強いですよね。 世良:たぶん。現場に行くと感動の仕方とか受け止め方が違うのかもしれないけど。たとえば、コンクリートの打ちっぱなしのなかでも、ガラスで囲まれたメタリックな場所であっても、作品の前後左右にそれを感じさせることができるってことなんだよね。 山田:ふだんから花とか活けてるの? 辻村:いや。だってその辺に生えてるから別に活けへんよ。 (一同笑) 辻村:いつも見てるからそれはそれで満足というか。たまにお客さんが来るとか、そういうときにはパッと活けてみたりするけど。ふだんは「ああ、咲いてるな」と。家を一歩出ればその辺に咲いているんで。そんな活けたりしない。 世良:それが唯くんの強みでもあるよね。 |
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自分が「いい」と思ったものを「いい」と言ってもらえたら幸せです(辻村)
山田:昨日二人で話してて、焼けてきてしまうもの、できてきてしまうものがおもしろいと思っていてやってるのに、それを一方では造形的な意図があるのかって話になって、それを「こういうものになってほしい」という姿じゃないところを超えてきているものを、ぼくらが意図して選んでいるという行為が自然釉を作るのことのいちばん難しいところじゃないかなって。 世良:そうだね。そのときどきの窯のなかの状態が生み出してしまうものなんだけどね、意図できない、関知できないところではあるんだけど、経験から自分の窯のなかの状態ってのはわかっているはずだし。自分の意図を超えて、はずれてきたときに、ちゃんと自分の作品として選んでいけるっていう許容量を作家側が持っていないとただの運頼みになっちゃうよね。そうではないしね。 山田:なんていうんですかね、パッと出てきて「これはいい」ってぼくらは判断して、それを作品として出すんですけど。いいと思う部分が個展を見たりしていると、この人がいいと思っている部分と共通しているところがあって、「そうそう、そこがいいよね」という作家同士のなんとなくそういう部分もあるんですよね。 世良:まあ、去年から新世代の陶芸作家たちのグループ展「Young Blood」って形でやらせていただいているんだけど、もちろん産地も手法も違うし、それぞれアーティストとしてのスタンスだったり信条というものは違うんだけど、ただ作家同士が無条件に「いいよね」って言える、ジャッジすべき条件を超えたところの感性で「いいよね」って言えるんだよね。音楽だったり絵画だったり焼き物だったりというジャンルを超えた"いいもの"を共有できるってことがいちばんだよね。 山田:そうですね。 世良:今日の唯くんの圧倒的な作品群を目にすると、ぼくなんか素人だけどジャンルは違えど同じ「もの」を作る人間として惹(ひ)かれるとか、食い入るように見てしまうとか手に取ってしまうという単純な衝動のなかにいると、その作品をどこで目にしてもその作家の日常とか生きている空気が感じられるのがうれしい瞬間だよね。 山田:ぼくは、ぼくがこういうのがいいと思っていることに気づいてほしいと思っているんですね。だから、気づいてくれたときはうれしいですよね。こうやって(若手陶芸家たちと)交流を持つことによって「こんなこと思っているやつがおるんや」っていうスゴさはありましたね。個展でしか見ないですから、別のところでこういう意図があってこれを選んでいるんだな、作っているんだなってのがやっぱりもの(作品)を見ているだけではわからない部分もありますね。 世良:うん。唯くんはどう? 辻村:ぼくはちっちゃい窯を何回も焚くんですけど、最初は土をひいている期間が何か月かあります。それから窯焚きに入るんですが、データも取っていないし季節も変わってしまうので「あがり」が想像できないんですけど、やりだしたら今の季節だとこういうふうに焼いたらこうなるからもうちょっとこうしてみようか、とか判断しますし、入れたものによってもいろいろ焼き方が変わってくるので、それは小さい窯を何度も焚いていくうちに、自分も「ええな」って思えるものが出るようにはしています。 世良:そこなんだよね。「ええな」って瞬間がおそらくまったく別の作家の作品であれ、絵であれなんであれ、「あ、ええな」っ思える感覚を自分の作品に感じてて、それを第三者が同じように「ええな」と思ってくれる瞬間が至福のときだろうし......。 辻村:幸せですね。 山田:ときどきお客さんでそれを超えてくる人がいるよね。「え!? そこなの?」「そこがいいの?」って。 (一同笑) 山田:ま、それもうれしいよね。 辻村:そうですね。 山田:なんか発見があるんですよ。「ああ、そういうよさもこれにはあるんだ」と。ぼくらが気づかないだけでね。 世良:たとえば今回の個展で何かあった? 辻村:あのね。毎晩酔っ払ってリセットされるんであんまり覚えてない......。 (一同爆笑) |
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決まりきった記号的になっていたことをひっくり返してくれるのがいい(山田)
辻村:真剣に見てくれている人がいたり、ぐい呑み1個でも「使いたい」って言ってくれる方がいたらうれしいし。逆になんぼ買ってくれるっていっても、よく見もせんで「こっからここまでもらっときましょ」みたいに言われたら、「おれが一所懸命作って持ってきてるんだからもうちょっとちゃんと見てよ」って思うし。ま、そんなお客さんにあったことないですけど。 山田:昔はいたらしいね。 辻村:昔はいたって聞いていますが。ただ、1個1々見てくれて、自分で想像しながら使ってくれる方がいる。(自分の作品を手に取り)これなんか安定もよくないし、自分だけの好みで作っているこういうものを、お客さんがその人の生活に「使ってみようかな」って思ってくれるってのは、ほんまにありがたいしうれしいです。 世良:今回の作品を見ていて、仕上がりのトーンがすごくおもしろいなってぼくは思ったんだけども、ああいう粉引(こひき)の湯呑茶碗とか。ああいうのは自分のなかで特別な何か......。ないんだよな、きっと(笑)。 辻村:(笑)まあ、窯焚きの都合ってものありますけど、ぼくの基本の窯焚きはこういう作品に対してのものなので、そのなかで奥の温度がちょっと低い場所で何を焼こうかなと考えたときに、ちょっと灰がかかるのでそういう条件にあった焼き物っていうのを考えたりはします。それで言いますとあの粉引はふつうの粉引とはちょっと違いますけど、おもしろいんじゃないかなと思います。 世良:いわゆる粉引ってふつうは化粧するだけだからなるべく白く、ぼくの印象だと白くてきれいにするために化粧をしていくんだけど、だけどあの少しグレーのくすんだ感じでなかに少し黒い存在が透けて見える、透けて感じるというあの質感に、ぼくは引き込まれたんだよね。ああいうのは大くんから見てどう思うものなの? 山田:ぼくの悪いクセなんですけど、つい技術的なことを見ちゃうことがあるんでそういう話はおもしろいですね。それもぼくにとっては発見で、お客さんと話をしていても、どこかで決まりきった記号的になっていたことをひっくり返してくれるのはすごくいいですね。粉引っていいますが、ただの技法のひとつで「粉引とはこういう色だ」ってことではないというね。 世良:うん。そうなんだよな。たまたま選んでいるわけでもないでしょ? 辻村:やってみないとわからないから、やってみて「ああ、こんなになるわ」って。それからですからね。 山田:1回目失敗するもんね。 辻村:1回目意外と成功する。 山田:うそ!? 辻村:ほんま(笑) 山田:ああ、ホントー。 世良:(笑)それを意図的に再現しようとすると失敗するとか。 辻村:それはありますね。はい。「もう、おれなんでも焼けるわー」って思ったら、次は......。 (一同笑) 山田:裏切られるよね(笑)。 辻村:そう(笑)。「ええっ?」って思った窯でできたものが全部いいわけではなく、そのなかにひとつ見つけたときに「やった!」っていうことで、これが原動力になったりするんです。焼きでも、ろくろでも、そのときどきの自分がいちばん楽しめるやり方ってのが好きですね。 世良:大きな作品の魅力ってなんなの? 辻村:作るのがおもしろいってところですね。 世良:大きいのになるとひもで作るようになるんだよね? 辻村:ある程度はろくろでひきますが、そこからはひもです。なだらかな線で作りたいので、一気にひくとそうはならないから。 世良:やっぱり土台を順々に作っていくってことだよね。 辻村:はい。ですから最初思っていたより底の形から自然に(上に)上がっていく作り方なので予定よりでっかくなったり......。 (一同笑) 山田:いいラインを出したいなと思ってやっているとそうなるよね。 辻村:うん。小さくなることはない。 |
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もともと磁器はむずかしいんです(山田)
世良:以前砥部に行ったときに、砥部は磁器なんだけど。白潟(八洲彦)さんという陶芸家の方が展示会を開催していて、ご本人もいらっしゃったので話をうかがったら、ろくろで目標1メートルひくと。で、それを何ミリ超えられるかを目指すっておっしゃっていたのね。 山田:磁器は、ろくろ、難しいんですよね。 世良:そうなんだよね。でね、1メートルを何ミリか超えることができたから「今回の展覧会は勝った」と。 (一同笑) 山田:磁器の人でけっこうそういう人おるね。ひたすら薄くしたいとか。ひたすらまっすぐな線削りたいとか。 世良:でもね、70歳を超えている先輩がね、今回は1ミリ超えることに精力を注いだってのを聞くと、その1ミリを超えるための世界観って、アスリートだと1/100秒速く走りたいとか、1/100ミリでも高く飛びたいとか、そういうのと似たような気持があるのかなって思ったり。ちょっとおもしろかったんだよね。そういう感覚っていうのはわかる? 辻村:こういうもの(花差し)でも作っていたら首がどんどんどんどん長くなっていったりするんですけど。ある程度まではいいんですが、あとで見るとやっぱりバランスがおかしいとか、そういうことはありますよね。 (一同笑) 世良:たとえば砥部の大きな壺とか、そういうのがあるからわかる気がするのね。1ミリでも積んだという達成感と、できあがった作品の芸術性とか実用性とのせめぎ合いというか、そういうことなのかなと。でも技術がなけりゃできないわけじゃない? かといって技術だけを見てもらうものでもないでしょ。 山田:技術を見てもらう側面もあるんですよ。 辻村:こっちは土ものやから技術にはそんなにこだわらないけど(笑)。磁器の人は技術がいちばん重要視されるのかなって。 山田:もともと難しいんですよ、磁器って。扱いにくいし。その扱いにくさに挑戦しようとなると、やっぱりそうなりますよね。 世良:うーん。同じ器を作るのでもところ変わればじゃないけど、自分が接していくものによってベクトルの方向が微妙に違うっていうか、それはおもしろかったんだよね。作品として道具として美術として、いろんな要素がトータルで大事になってくるし。 山田:最近思うんですけど、用途って後から人間が付けるもので、物を作るための道具ってのはまた別ですけど。べつに皿に花を活けたって水が貯まればいいことですから、その1メートルのものもなんとかなるんじゃないですかね。 世良:だから何をさすとか、どうやって使うとか、道具として使われることで息をし始めるというか。それを見た人がそれで何をしたいか、どういうふうに使いたいかだよね。誰かが何かに使ったとき、やっとそれが成立するのかな。 山田:......1メートルが頭から離れない(笑)。 辻村:いや、ぼくはそんなメンドクサイことしたくないなー。 (一同笑) 辻村:ぼくの場合、だいたい手の大きさとか持ち上げる力とかそういうので(作品が)できているので、温度にしても大きさにしても、測るってことがだいたい考えられないんで......。わからないです、ぼくにはちょっと(笑)。 山田:大きいもの作る人いますが、焼き物の限界って窯の限界なんですね。どんなにがんばったって窯より大きなものは作れないんです。それに昔チャレンジした人がちゃんといるんですよ。みんな考えることいっしょなんですね。窯作った人いたよね? 辻村:ま、いっぱいいるんとちゃう? 大きさで言ったらどんどんなんぼでもなるし。ぼくは色が好きでやっているもんで、あんまり大きいとぼんやりしたものになっちゃうんですよ。窯自体も今以上大きくなると、こういった色は出なくなるし。そういうところはあんまり興味ないですね。 世良:そうかもね。自分の必要じゃない部分だものね。話は変わるけど、この自然釉の独特の色合いというか、この釉に対する自分のこだわりって、やっぱり強いよね。 辻村:そうですね。焼いていてもいいのが焼きあがったら「きれいやなぁ」と思うんで(笑)。 世良:季節とか、そのときの窯の調子によって同じ釉のものでも青みが全然違ったりってことがあるでしょ。それって焚いている途中に感じるわけ? 辻村:焚いてる途中は「また、これええわぁ」って思いますよね。 (一同笑) 山田:そう思わんとやってられんよね。閉めたときは「もう完ぺき!」って(笑)。 辻村:ぼくの場合、最後に密封するときに煙がわぁーっと出るんですけど、早いことそれをなんとか塞いで、なかをいぶった状態で終わりたいってのがあるから、それをうまいこと閉じられたときには「あ、これなんかええんちゃうか」って思うんだけど、意外とぶわーっと吹いてそれをなんとかかんとか閉めたときのほうがよかったりするんで(笑)。 |
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同じものは同じもんだけずっと作る。じゃないと手がその手にならない(辻村)
世良:一回の窯焚きで何個くらい焚けるの? 辻村:ものよりけりです。大きな壺だと3つくらい入りますが、手前の方がよう焼けるんで1個だけにして、あとは食器類とか花活けのちっちゃめの物とか入れています。数えたことないんでわからない。 山田:数えたことない? 辻村:ない。意味ないやん(笑)。入るだけしか入らんし。 山田:まとめて作ってまとめて焼くからそうなるんや。1回1々修正しながら焚いては作って、をやると数は覚えていた方が......。 辻村:あー、そんなことせん。おんなじものはおんなじもんだけずっと作って。そうせんと手がその手にならへんから。 山田:そう。それが問題なんや、それやると。 辻村:だいぶ前にひいたやつでも、その窯焚きのとき余っていたら焼いたりとか。 山田:うん、それはやるけど。 世良:でも数をそろえるんだったら何回も焚かないとね。 辻村:そうです。ロスが大きい焼き方なんで。自分で比べたらいちばん火の通りのいいところで焼くのがいいんで、そういうのを数作ろうとすると何回も焚かないといけないので。 世良:かといって、そこだけで使うってわけにはいかないものね。窯全体を使っていかないとね。 辻村:それはそうですね。いろんなもの入れて火の通りを見て。 山田:特に焼いて動く焼き物ってむずかしくて、ここよかったけどこの後ろ全滅とか。そんなんばっかりですよね。 世良:われわれが目にするのはその全滅じゃないほうだけだから、すごく整っているように思えるけどね。 辻村:展示している作品を「先生このなかでどれがいちばんお好きですか?」とか聞かれると困っちゃうんですよね。ここ持ってくる前に十分に選別してきているんだから「あんたがもし好きやったらわかるやろ」って。 (一同爆笑) 辻村:買わんでいいと(笑)。 |
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「土がなりたい形にすればいい」と(山田)
世良:ぼくも作らせてもらったり、窯に入れて薪を焚くのを手伝いに行ったりしてやっぱり出てくるのはすごくうまくいったものが出てくるのかと思いきや、やっぱり「ああ!」って思うものはごく一部で......。あとは人の目に触れないものが多いわけじゃない。 山田:絶望が8割くらいですよ(笑)。 世良:うん。そしてここに選別されて出てきたものってのは、そのどれもが「自分はここにいる」って主張を持っているよね。その作品をお客さんに選んでもらえたらやっぱりうれしいよね。 辻村:うん。でも残ってくれたらうれしい、ってのもありますよ。 (一同笑) 世良:ああ、これ残ってくれたーってのもあるか。 山田:「なんで残ったのかな?」って場合もあるけどね。ま、それはぼくらじゃなくお客さんが選ぶわけだから......。 世良:自分が選ぶ側にまわるときってあるじゃない? そういうときって単純に好き嫌いで見られない、か。 辻村:ぼくは全然よその人の(作品を)見に行かないからわかんないんですよ(笑)。ま、この人(山田さんを指して)かて、ぼく、もの(作品)なんて全然知らないけど、この人がたぶん一所懸命作ってるのがしゃべってたらわかるから、どんなもん作っててもいいと思っているんですよ、自分が思う通り作っているんだとしたら。誰かがどうこういうから作ってみようかっていうんじゃなくって、何か信念を持ってやっているんだろうなと思うんで。そこが、まあ付き合えるところじゃないかと。それだけなんで。自分は自分が作りたいものを作るだけなんで。みんなよう人の展覧会見に行ったりするよなと。そういうことはしたことない。 山田:ぼくは最近、ほかの作家のものを見るより古いもん見た方がおもしろいなと思うことが多くて。古くて有名なものって、なんか頭のなかでできあがってしまってて、まあ写真なり前に見たイメージだったり。でも、実際見に行くと全然違うもので。今回、三井記念美術館で卯花墻(うのはながき:国宝志野茶碗 桃山時代の作品)が出ているので見に行ったんですけど、前に見たときとまったくイメージが違って、ぼくは志野の茶碗ってこういうところがいいって前は全然わからなかったんですけど、今わかる、というかむずかしいことですけど感じ方は違いましたね。あ、すごくいい茶碗なんだなぁと。 世良:唯くんは自分の家から見える枝だったり岩だったりというもので十分なんだね、きっと。人の作品見ないってのもおもしろいよね。 山田:ぼくの真逆ですから。けっこういろいろ逆ですね。ぼく、きっちり計りますからね。 (一同笑) 山田:でも茶碗は測ったらいけなんですよ。 辻村:そのときの土の量で決まるから。いっぱい作って、自分の思っている大きさがあるんやったら、それを自分の手に覚えていかさないと。 山田:うん。人からちょっと小さなったなって言われて気付く。茶碗はよくわからない。これくらいのサイズやろなって思って作ったものはそんな的外れなことはないんですけど、焼いたら縮みますからね。ようわからんですよ、大きさが(笑)。 世良:唯くんは茶碗は薄くひこうとか考えてやってる? 辻村:それも土質によるんですけど、ぼくはその土がすーっと気持よく伸びる厚さにひきたいんで、土を変えますね。もうちょい厚い方がいいなと思ったらちょっとひきにくいものにするとか......。あんまり寝かして伸ばし過ぎるとそれこそペラッペラに薄くなってしまうから。それを無理やり分厚くひくとそれは変なもんになるんで......。合う土を調節してやっています。 山田:以前(世良さんに)ろくろをお教えしていっしょにひいたことがあって、そのあとでうちの父が「土を伸ばすということだけですごい技術で、形とはその技術によって生まれれば自然とよい形になる。何かの形を目指して作るのではなく、なにができてくるかを教えた方が良い」って言ったのはそのことなんですよ。その土が持ってる形になってくれるからってのはそのことなんです。まあ、人によって捉え方が変わる言葉で、すごくいい言葉だなって思ったんですけど、ま、今の世良さんだと「一心不乱にいっぱいひけ」ってふうに捉えて、ぼくには「土がなりたい形にすればいい」といちばんわかりやすい言葉で言ってくれたんですよね。 |
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釣りと陶芸、思わぬ結果を得られるところが共通項かも(辻村)
世良:うん。そうだねー。さて、今日は辻村唯くんの個展におじゃましているわけなんですが、唯くんの趣味ってなに? 辻村:釣りです。 世良:釣り!? うーん。......あ、わかる気がする(笑)。 辻村:はい。クルマの屋根に舟を積んで、弟と海釣りへ。 世良:へぇー。大くんは釣ったらさばいて料理までしちゃうでしょ。 山田:食べるのも好きですよ(笑)。だよね? 辻村:好きやけど。自分で釣ったもんはさばくけど、人が「好きやろー」って言ってくれた魚なんかさばくの絶対イヤ、めんどくさい。 (一同笑) 辻村:自分で釣ったんは、ていねいに、背骨に肉が残らんようにって。で、あんまり脂がのっていない魚でも「あー、あっさりしてておいしいなぁ」って食べますけど。 (一同爆笑) 世良:そっかぁ。釣りなんだ。じゃあ、釣りって短気な人の方が向いている説があるでしょ? 辻村:ええ......。 山田:(笑)けっこう短気でしょ。 辻村:......ぼく短気なんですよ。 山田:釣りの種類にもよると思うんですよ。ぼくはアユ釣りとルアーをちょっとやるんですが、ルアーは気の短い人の方が向いてるんですよ。すぐどっかへ行っちゃうんですよ。移動早いよね。 辻村:......かな。ぼくは技術がないからいろいろ試して。 山田:ま、釣りの話を始めたら長ぁなるからやめとこ。 (一同笑) 世良:たぶん作品の色合いとか曲線とか見ると、そんなに短気な人には見えないよね。意外と作品って逆にいくこと多いよね。すごくやわらかな線を出す人が実はものすごく激しかったりとか。 山田:たしかにそうですね。ぼく、すごく穏やかな作品で、って言われること多いし。 (一同笑) 世良:それ、実は激しいんだよね(笑)。最初に唯くんの作品を見たときに、どういう人物なのかなぁって思って見てたのね。壺だったかな、パッと見、色見なんか穏やかに見えて、でも部分部分を見ると実はダイナミックなんだよね。 山田:焼き物自体強いものですよ、けっこう。でも色合い的には弱いんですよ。金(きん)は別ですけど。ペンキの色とか人工的な色のトーンには負けるんですよね。強いってのは色合いとかじゃくて、また別のところかなって。 辻村:(世良さん)そう言ってくれてるんとちゃうの? 山田:うん。......ちょっと悩んでてん。へへへ(笑)。 (一同笑) 世良:じゃあ、釣りと焼き物の共通点ってなに? 辻村:共通点ですか? うーん。まあ、どっちも自由にできるからそれもいいんですけど、実際は釣り船でその船長に連れていってもらえば、いちばん釣れるところに行ってくれるんやろうけど、それじゃ全然おもしろくなくて。自分でここどうかな? とか、ふつうじゃないところでも思わぬ釣果があったりして、それがおもしろくてうれしいのであって。焼き物でも習ったりせんで、自分で「どうかな? こうかな?」ってやってみてできたもんが、ほかのもんと違ったりしたら「やった!」と。その辺が共通かなと思います。 世良:なるほどね。あとは、今年またみんなの作品が集まって、なんかひとつおもしろいことができそうで楽しみにしているんだけど、ぼくも東京の事務所で手びねりしてみたりしているんだけど、とはいえ素人だからみんなの作品を見せてもらうことで刺激をされて。だからね、今はギターを触っているより土を触っていることの方が長いんじゃないかって言われるくらいで。 辻村:だいじょうぶですか? (一同笑) 世良:それがまたね、音楽をやっててまわりから「よくなった」みたいに言われると、自分が意図しているところと違うところで感性が変化しているんだなって。 辻村:ふーーん。 山田:意外と違うところに出ますよね。 世良:うん。だからぼくもみんなのぐい呑みを飾らせてもらっているんだけども、その前でじーーっと見てると、「あ、音楽やらなきゃ。おれ音楽屋だった」って(笑)。みんなの作品に触れることで音楽もおもしろくなってきているし、またぜひね、また次の出会いが楽しみなんだよね。そのときぼくのを見て「あ、これおれのに似てる」って思ったら勘弁してね(笑)。絶対影響されているから。 |
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見る、触る、注ぐ、口に運ぶ。瞬間瞬間でどんどん変わる魅力(世良)
山田:(世良さん)触る機会がものすごく増えたと思うんですけど、触るとイメージとは違うものを感じます? 世良:あのね。触るのと、たとえばぐい呑みだとお酒を注ぐ、くちびるに触れるという瞬間瞬間ですべてがどんどん変わるね。うん。それはもうその個体にもよるんだろうけど。見る、触る、お酒を注ぐ、口に運ぶ、そこに置いて語らっている合間に見る、「やっぱいいよなぁ」と思う、また注ぎたくなる、注いでいるときの自分が好きになれる。それがみんなのそれぞれに違ったものを感じられるんだよね。たとえば、山田想くんの急須でお茶を淹れていると、お茶って行為がその急須を持っている感覚とか、肌で感じる厚みだとかがもう自分の生活の一部なんだよね。それがあたりまえのリズムになっていく。自分の生活にどんどん溶け込んでいくことで、こういう場所で見ていいなぁと思っているのは違う「いいなぁ」がそこにずっとあるから。今はその道のドアを開けて入っていってるって感じかな。で、自分で作り始めたから今度は自分の作ったものが焼きあがってくると、それを見てお茶やお酒を注いでみると、自分の作品なのに距離感が変わったりというかね。 山田:そういう体験できる部分っていうのが、もうちょっと世のなかにあってもいいのかなとは思っているんですけどね。 世良:うん。そうだね。 辻村:実はこういう体験ができるところがちゃんとあったりするんですよ。 世良:ええー? どこどこ? 辻村:日本橋にある居酒屋さんなんですが、ぼくのものを使ってくださっているんですよ。 山田:こういうことはどこで宣伝すればいいのかね? 辻村:自分で紹介するの。 山田:そうやね。 (一同笑) 世良:ぜひぜひ行ってみましょう。たしかにやっぱりね、盛りたくなるね。お客さんが来たときなんか、自分の作った器にお菓子を載せて出してみたり、マグカップにコーヒーを入れて出してみたりするとね。なかには「これいいね」って言ってくれる人がいたりするとまた違ってくるんですよ。以前は白い洋食器に載せて出すだけだったのがね。 山田:たしかに料理する方が、表現ってことを意識されるようになってきたと思うんですね、今。料理を飾ることをぼくらに預けてくれる料理人の方が増えてるってのはうれしいですよね。 世良:さっきのお店で自分の作品に料理が盛られて出てくるのを見るってどうなのかな? 辻村:うれしいですよ(笑)。うわ使ってくれてはるわ。きれいに盛ってあるわって思って、また飲みすぎちゃうんですよ。 (一同爆笑) 世良:器に料理が盛られて出てきて口に運ぶ瞬間って「今」だよね。その器が「今」を料理人の手によって共有するってことになるでしょ。その「今」をお客さんが口に運んで、「おいしい」とか「この器いいね」とかになるわけでしょ。それがリアルにライブになる瞬間だよね。 山田:そうそう。そこがね、今少ないと思いますよ。器は使われているときがあるべき姿かなと思うわけで。 世良:そうだね。ぼくもお客さんがいなくても、器にいったん移してからいただくってことが楽しくなったしね。 辻村:ぼくは、かなりいい加減だから、もちろん作ったもので食事やお酒はいただいていますが、気分が8割なんで。この人(山田さん)みたいに「このお酒にはこの器」みたいなにいろいろ言わはるんやけど、どうかなぁ、楽しかったらいいんちゃうかなぁって(笑)。あまり言ってもおしつけがましいしなぁ。でも、ほんまに好きになってくれる人って自分でいろいろ使い方も入れるものも考えるのが楽しいから、「これにはこれ」って言うこともないんじゃないかって。自分で作ったワインカップで1000円くらいのワインを飲んでも、たしかにおいしくなったなと思うし。何万円もするようなワインは、そういうので飲むよりちゃんとしたワイングラスで飲んだ方がおいしいんかなって思うときもありますし。気分が8割なので、そうやって気分よく生活してくれたらうれしいですよね。飾っておくんじゃなくて。 世良:そうだね。また8月にみんなと会えること、楽しみにしています。今日は個展のお忙しいなか長々とお時間をいただいて、ホントにありがとうございました。 辻村、山田:いいえー。こちらこそ、ありがとうございました。 |
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