インタビュー『わすれもの』

野村義男さん わがエレキソムリエ、野村義男さんと元CCBの渡辺英樹さんのユニット"三野姫"が初アルバムをリリース! その全貌に迫ります。
またギタリストを目指すあなたの「宝もの」になる(ステキな)お話も!




三野姫、結成20年目の初アルバム『わすれもの』

野村義男さん


■5月5日に三野姫(みのひめ)のアルバム『わすれもの』がリリースされましたね。

三野姫、結成20年。結成20年ってのがどこまで正しいのかっていうと二人で気楽に始めちゃったユニットなんです。元CCBの渡辺英樹と二人でやっているアコースティックユニットの名を借りた「トークショー」。

(一同爆笑)

トークライブ専用ユニット。言いたいことだけを言って20年。曲は人のものばかり、ずーっと。
ビートルズだったり、ポリスだったり、ジミヘンなりクラプトンなり......。あと日本のフォークや歌謡曲などを20年やってきました。

ところが! CDを1枚も作っていないことに気付きまして、20年目にして「アルバムを作ろう」と。まあ、20年くらい下積みしたら1枚くらいアルバムを作っても許されるかなと。下積み期間長かったですけど(笑)。で、レコーディングを始めたら曲ができちゃいまして、で、全曲オリジナルと。

■20年で初ということですが、まずジャケット写真が東京タワー。

最近あまり触れられない東京タワー。
僕ね、展望台に登って東京を見たくて家族で東京タワーに行ったんだよね。
まず最初に行ったときに撮った(写真が)裏側。車を停めて駐車場から撮ったの。で、帰るときに撮ったのがこれ(表ジャケット)。1年くらい前だけど、たまたま撮ってあったものなんだけどね。
それでジャケットどうしようかなって話になったときに、僕東京タワー大好きなんで、東京人として東京の主張として大好きなんですよ。それでこれにしようと。僕らいつもライブやるのは夜だから夜の東京タワーをね。

■東京タワー大好きってことですが、生まれてから何回くらい行きました?

何回だろう? 相当行ってますね。小さいころから行ってるから。
アメリカからいとこが来たときに歩いて登ったから。サンフランシスコに母の姉が住んでいて、そのいとこたちが来たときに「東京タワー登りたい」って話になって、うちの家族と一緒に行ってよせばいいのに階段で登ったという(笑)。うちのおやじが言い出したのかどうだったか定かではないけど。
それで高所恐怖症になったていう......(笑)。
大展望台までゆっくり登って数10分かかったんだよね。東京タワーって階段で登ると、あと何段だったか何メートルだったか書いてあるんだよね。あと12歳なら何分で、30歳なら何分でみたいなね。

■なるほど。なかに三野姫お二人の小さいころの写真が。

うん。いちおうね、三野姫というバンド名の由来がわかるんだよね。二人とも長男なのに家業を継がなかったというね。なのでバンドを組んだときにその名前で屋号を継ごうと。

(一同笑)

でも、そのアイデアを出したのは小泉今日子で。

■ええ? そうなんですか。

うん。ちょうど『学園天国』という曲をアレンジしているときで、演奏も僕らがやったんだけど。
そのバンドでテレビにも出てたんだよね、小泉今日子のバックで。
「バンド名つけなきゃね」って話になって、三喜屋・野村モーター's BANDと名付けたんだよね。のちに(渡辺さんと)二人でアコースティックユニットやろうってなったときに名前を縮めちゃって......。

(一同笑)

「アコースティックなんだからフォークソングやろうよ」って話になって、フォークソングといえばやっぱりかぐや姫だろうと(笑)。すっごく安易でしょう? かぐや姫さんごめんなさい。

(一同笑)

そこから「姫」をもらって頭文字だけ取って「三野姫」と。すごくテキトーです(笑)。

(一同爆笑)

三喜屋はお米屋さんなんだよね。(インナースリーブの写真を見ながら)スカイラインなんか乗りやがって。箱スカ。うちはミゼットだからね(笑)。

(一同笑)

幼稚園くらいのころの写真だと思うけど、まだウチの前、砂利道だったからね。舗装されてなかったもの。

■アルバムは二人で全曲作って、演奏もすべて二人で......。

うん。ちょっとだけギターのオーバーダビングしたけど、ほぼ一発録りで。
勢いに任せて作った感じではありますが、レコーディングに入ったときは3、4曲くらいしかできてなかったの。それで「アルバムを作れ」ってウチのムリを言うマネージャーがいまして。でも「アルバムにするには10曲くらいほしいっすよね」って。今3曲くらいしかないしみたいな。でもレコーディングは今日と明日だけね、みたいなこと言われて。

(笑)

スタジオでも二人で作ったりして。その二人で作っている模様も収録されています。僕たちの曲の作り方がね。

■それが1曲分なんですか?

うーん。それを曲としてカウントしていいかどうか......、だから作詞作曲とは書いていないんですよ。

■放談って(笑)。

スタジオにマイクをセットしておいて、英樹には言わないでずっと回しっぱなしだったのね。僕らずっとテキトーなことばっかり言ってるから、何かおもしろいもの収録されないかなぁーって。ちょうどその曲を作り始めたときの模様がごっそり。それがいちばん長いんだよね。

■8分って......。

(一同笑)

8分話しているだけです。そうやって曲ってできていくんだとわかっていただければ(笑)。

■へーー。それじゃここのコードはこうだとか、歌詞はどうだとか。

そういう音楽的なことは99%入ってないね。

(一同笑)

聴いた方がわかりやすいよ。話すより聴いた方がいいよ。

---ここで野村さん持参のiPadに収録された話題の曲『火縄銃』と『それが男の生きる道』を聴かせていただくことに......。10分間抱腹絶倒---

■英樹さんとやるときはいつもこんな調子で?

ほとんどそうですね(笑)。

■レコーディングに入るときは3曲くらいしかなかった曲が完成時には9曲と。

そうそう。『東京タワー』はレコーディング初日の夜に作った曲だし。『DOOR』って曲はスタジオで歌詞を書いていて直したり......。『YASAI』と『ラーメン食べて帰ろう』と『涙あふれ』くらいしかなかったんだよね、たぶん。
まあ、(音的には)早く弾いたりしているのもあるけど、まちがったフォーク・ギターの弾き方の代表的なアルバムです。

(一同笑)

アコースティックとはいわない、あえて。まちがったフォーク・ギターの使い方。うん。
あとインナースリーブに自宅前のマンホールに娘が落書きした写真が載っています。ハートとかキリンとかね、あとネコです(笑)。

■20年もやってこられたからこのアルバムができたんですよね?

自分たちにも新鮮でしたよ。うん。とりあえずね、今日からレコーディングに入りなさいって言われたら今週中にアルバム1枚はできちゃいますね。もう1枚。アイデアは豊富な人たちなんで。

■今まではあえてカバーしかやってこなかったってことですか?

三喜屋・野村モーター's BANDのスタートが、そもそも小泉今日子がカバーをやるためのバックバンドだからカバーしかしなかったの。バンド本体が。
それが三野姫っていう二人っきりになっても、やっぱりそこから派生したものだからカバーしかやっていないので。お互いのオリジナルもあったんでそれもたまーにやったりしてたんだけどね。

基本的にはこのユニット用に新曲を作ろうなんて思わずにやっていたから。

でも実際やってきみるとオリジナルの方がおもしろいなぁって。これを機に三野姫がオリジナル傾向になっていくのかなって。 しかも20年ずーっと東京でしか(ライブ)やっていないから。しかも同じ場所。
今は3か所になりましたが、そこでしか見られないというね。
最初は深川座ってところで5、6年やって、次に江古田のマーキーでずっとやってて、今年に入ってから三軒茶屋のグレープフルーツムーンってところにね。どんどん都心部に入ってきて、ようやく。
これでオリジナルになって、もしどこか都内以外から声がかかることがあったら少しづつやっていこうかなぁって考えております。

■二人が楽しんでやってて、それを周りも楽しんでるってのが長続きすることにつながっているんでしょうね。

ひどいよ、でも(笑)。だって1曲やって30分しゃべって、1曲やって30分しゃべってだもん。ふつうに4時間コースとかのライブだから。途中でお客さんが帰るのも無視。「電車なくなるから」「あ、どーぞどーぞ」って。

(一同笑)

■じゃあ、ヘタすると4曲くらいしか聴けずに帰ることになるとか。

あ、そんなことはない(笑)。いちおう曲数はいっぱい! アットホームなライブですよ。見てる方もゆるゆる。演奏は真剣にやるんだけど、真剣になりすぎると曲中にふざける。「こんなんじゃ本気におもわれちゃう」って。

(一同笑)

いやいや、音楽は楽しくなきゃいけないから本気に思われちゃダメでしょ(笑)。うん。そうそうそうそう。



野村義男さん 三野姫/わすれもの
■収録曲
01.YASAI 作詞:作曲/渡辺英樹
02.DOOR 作詞:作曲/野村義男
03.上にバジルと粒マスタード 作詞:作曲/渡辺英樹
04.願ったり、叶ったり 作詞:作曲/三野姫
05.東京タワー 作詞:作曲/野村義男
06.涙あふれ 作詞:作曲/渡辺英樹
07.ラーメン食べて帰ろう 作詞:作曲/野村義男
08.火縄銃 放談/三野姫
09.それが男の生きる道 作詞:渡辺英樹/作曲:野村義男

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"お仕事"と"パーソナル"が両立した人

野村義男さん


■エレキソムリエの質問でもときどきあるんですが、野村さん主役じゃないライブってのも数多くありますよね。それは相手に求められるものをきちんと出さなきゃいけないと......。

そこはね、もちろんもちろん。
自分が楽しければいいやっていう姿勢だとほかの人に大いに迷惑がかかってしまうので、やることだけはやれるようにしとかないとと思って、たくさん練習もするし、真剣にやるし。

ある意味それが楽しいっていうね。

最近分かっちゃったんだよね。
苦しいことは楽しいことなんだって。前に進んでいることであると。

こんな時期だからすごくイヤなコメントかもしれないんだけど、指が痛いとかね、弾けないようなアンサンブルの譜面をもらったりとかねするじゃないですか。そんなん弾いたことないよってのがね。そういうのに対してできないからできません、っていうのもありだけど、できないけどやってみようかなって。
すっごく苦しいけどこれが弾けたときの楽しさ。弾いてるときはつらいのよ、知らないコードだし。
だけど、あのね。
達成感って、できることを上手にできたじゃなく、できないことができたときのほうが倍大きいね。

ホント最近ですけど。いっぱい求められるようになってしまって、ここでギターの腕が成長するっていうんじゃなくて、精神的なものが成長したのかなって。

だから弾いていて楽しい。
だって弾けないよ、こんな難しいのっていっぱいあるからね。おもしろい、すごく。

それがはずれて楽しんじゃおうってのがこの三野姫やライダーチップスだったりするんだよね。
ホントに世良(公則)さんだったり浜崎あゆみだったりUTUさん(宇都宮隆)だったりとかいろいろあるんですけど、そこではやっぱりきちっとどこまでできるかってところに神経が寄っちゃうみたい。
二面性。コウモリなんだよ。ケモノなのか? 鳥なのか? みたいな。

独立したギタリストとして名前を出して、自分の得意分野だけ、好きなことだけやっていたほうが個性も出るんだけど、こっち側は好きなことをやっていないんですよ。言われたことをきちっと。そこに喜びを感じちゃっているんで、だからあんまり同じような人がいない。"お仕事"と"パーソナル"が両立した人って。

■たしかにそう言われてみると......。

いないんですよ。
日本にもうまい人たくさんいるし、スター・ギタリストはたくさんいるんですよ。
でも彼らはあっち側行かないから。こっち側だけだから個性が出てくるんだよね。
つらいけどね(笑)。注文がくるから。「こう弾いて」「え!?」みたいなね。ただ今までにないことだから、新しいことを勉強させてもらえるってことだしね。

■それをやると成果は自分のものとして返ってきますもんね。

うん、そうそう。だからいろんなところでやっているうちに「今回この曲はフラメンコ調でやるから。野村くんは野村義男じゃなくって"ホセ・野村"になれ」みたいなさ。

(一同笑)

そういう感じなんですよ。「エスペランサでお願い」みたいな(笑)。
でも今までやったことのないことだからさ、おもしろいおもしろい。ただ本物ではないよね。その1曲が弾けるようになりたいっていうだけでね。
それは得意分野じゃないから「それしか弾けない」って堂々と言えちゃうしね。スタジオのカチッとした仕事が大好きだっていう人じゃないから。得意なのは70年代くらいのゆるゆるロックギターが得意です、って堂々と言えるので。


---いかがでしたか? 『わすれもの』の製作話もおもしろかったですが、仕事とパーソナルの両方にどういう意識で向かうのか、野村さんの生真面目さが伝わってくるとってもいいお話でしたね。

野村義男オフィシャルサイト(外部リンク)

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●協力:MITギャザリング
●写真、文:Yahoo!オークション



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